平成IT業界におきた出来事 個人的ベスト5

「令和」を迎えるにあたっての振り返り記事です。 個人的に平成4年新卒入社ということでほぼ平成すべてをITエンジニアとして働いてきたので、印象的だった出来事をベスト5形式であげていきます。

5位 クライアントサーバ型(モデル)システムの躍進と凋落

趣味用のコンピュータである「パーソナルコンピュータ」がまさかのビジネス用コンピュータの主役になりました。
(現在も主流のWEBサーバやアプリケーションサーバをおくモデルも広義ではクライアントサーバモデルと言えますが、ここで語るクラサバはアプリケーションをクライ※アント(パソコン)に配置し、その他データベースをサーバに配置するモデルです。)
クライアントサーバモデル(以降クラサバ)はメインフレーム(汎用機)、オフコンの40年にわたる全盛期にストップをかける形で小中規模から一部大規模システムまで一気に普及したシステムモデルです。
しかし、サーバの高性能化、Linuxの普及そして通信回線の飛躍的な高速化でアプリケーションサーバにアプリを設置し、クライアントではブラウザを利用するいわゆる「WEB型システム」が主流となり、全盛期は10年ほどで終わった感じです。

4位 メインフレーム市場の崩壊

40年続いたメインフレーム市場の後退は、COBOLを中心としたメインフレーム、オフコンにおける開発言語の廃りでもありました。
業務系びシステムエンジニアやプログラマにとって、今までのスキルを無効化された出来事だったといえます。
事実、クライアントサーバ型への移行に苦労したり、中にはついていけなかったエンジニアも私の周りにも多くいました。
個人的にはこのスキル無効化の恐怖が初老になった今でもアプリ開発など最新の開発もできるように勉強し続けれた大きな要因です。

3位 データ通信速度の劇的向上

平成元年頃、企業で普及していたデータ通信は2400bps~9600bps程度でした。
その数年後にはデジタル回線である「ISDN」がNTTより提供され64kbpsまで向上されて驚いたものです。
それが現代では普通に一般家庭でも最大100Mbps、スマホでも実質50Mbps程度が普通に速度があります。
つまり、平成の30年で家庭レベルでも1万倍以上の速度アップを実現したことになります。(技術レベルでは10万倍以上)
通信回線の高速及び低価格化はシステムモデルにも多大な影響を与えたといえます。

2位 インターネットの普及

特に説明はいらないと思います。 パソコンでの利用から、携帯電話、スマートフォンと利用デバイスの拡大とともにユーザも増大。
平成初期における一部の人の利用から、今では全世界で子供、老人まで利用されるネットワークになりました。

1位 IT技術の進歩停滞

意外に思う人も多いかと思いますが、平成でのIT技術の進歩はほぼなかったと思います。
進歩というよりは新技術の登場がなかったと言う方が正しいかもしれません。 データ通信もサーバ技術も開発言語も技術理論は昭和の頃にありました。
平成はその理論を実現、普及、高性能にと成熟化させた期間に過ぎません。 令和につなぐべく新技術の理論は少なくとも私たちには見えてきませんでした。
インターネットもUNIXも開発言語も、そして今流行りのIoTやAIも特に目新しいものではありません。
理論、構想は過去からあったものが、マシン性能やネットワーク環境向上で可能になったものですし、どちらかと言うとビジネス優先で作られた単語である領域でしかありません。
現時点で技術の限界というよりは、コンピュータに関しては基本技術を刷新するよりも、現技術を拡張するのが有意義なのかもしれませんし、聞こえ及ばないところで待機している新技術があるかもしれませんので、それに希望を持ちたいです。

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